チチェン・イッツアのピラミッド(メキシコ)

チチェン・イッツアは、ガッカリ遺跡なのか?

チチェン・イッツァを現代マヤ語に訳すと「聖なる泉のほとりの水の魔法使い」という意味になるそうです。マヤ文明は、高度な文明を持ちながら、13世紀頃に忽然と姿を消したそうです。16世紀以降にジャングルに埋もれた遺跡が発見されました。世界文化遺産に登録されています。

私は、カンクンからオプショナルツアーで行きました。チチェン・イッツアと近くのセノーテでの遊泳がセットになったツアーでした。カンクンからチチェン・イッツアまでは車で片道2時間の旅です。

ククルカンピラミッド

マヤの最高神である羽毛のあるヘビの姿をした神のククルカンを祀っています。底辺が55.3mで高さは24mあります。「カスティーヨ(スペイン語で城塞)」や「ククルカンの神殿」とも呼ばれています。

ジャングルを抜けると突然、ピラミッドが立つ広場に出ます。正直なところ「あ~あった」くらいの小さな感動で、ギザのピラミッドほどの感動はありませんでした。

ピラミッドの裏側は修復されていないようで、崩れたままの状態です。

天体観測に優れていたマヤの人々は、十数種類もの暦を持っていたといわれています。ピラミッド上部の神殿の屋根飾りには、各面に5つのデコレーションがあり、1ヵ月のうち1日を表しています。5×4面=20、マヤ歴の1ヵ月は20日、1年は18ヵ月(360日)で、最後の5日は邪悪な日とされていました。

また、各面には91段の階段があり、91×4面=364段、これに神殿へ上がる1段を足すと365段となり、各段が1日を表しています。さらに、1面に52段ある壁面装飾のくぼみは、メソアメリカの循環暦の1世紀(52年)を表しています。このことから、ククルカンピラミッドは「暦のピラミッド」とも呼ばれています。

北面の階段の最下段にククルカンの頭部の彫刻があり、春分の日、秋分の日に太陽が沈む時、ピラミッドは真西から照らされ階段の西側にククルカンの胴体が現れ、ククルカンの降臨と呼ばれています。ククルカンの降臨の日は、観光客が押し寄せるとのことです。私が行った日はガラガラだったけど~

球戯場

大きさは、南北168m、東西70mあります。フエゴ・デ・ベロタと呼ばれる競技が行われていました。フエゴ・デ・ベロタは、2つのチームに分かれゴムで作られた重たいボールを腰で打って壁の上部に突き出ているリング状の穴にボールを通し、何回通したかで勝敗を決めたそうです。これ普通に穴を通すの難しいでしょ!勝敗は決まったんでしょうか?全然点が入らないなんてことは無かったんでしょうか?

競技が終了すると勝敗で生贄になる者が決められたとされていますが、勝った方なのか負けた方なのかははっきりしていないそうです。マヤの人々は死後の世界を信じていて、特に生贄となった死者は天国の最上階に入れると信じられていました。生贄になることは名誉なことであり、本人も親族も喜んで儀式に参加したんだそうです。
今では考えられないですね。

遺跡は、かなり広くて日陰もほとんどないので、歩きやすい靴で帽子とサングラス、ミネラルウォーターは持って行った方がいいですよ!

つづく・・

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