アルハンブラ宮殿はとっても広かった 2 (スペイン)

グラナダのアルハンブラ宮殿は予想以上に大きかった

カルロス5世宮殿を後にして、ナスル朝宮殿に向かいます。

メスアール宮

アルカサール(王宮)の中で最も改造を強いられた部分で、改造はほとんどの場合、キリスト教徒の時代の城代だちが王の寵を得ようとしたための押し付けで、宮殿本来の姿を変えながら新しい用途や機能に適応させるためだったそうです。

メスアールの間は、恐らく現存する王宮の中で最も古い部分ですが、ユースフ1世またはその息子ムハンマド5世の時代に改造されています。ここには王立裁判所が設置されていましたが、キリスト教徒の征服後は、礼拝堂が置かていたのだとか・・。

メスアールの部屋の奥にメスアールの祈祷室があります。アルバイシンを臨むこの祈祷室は、アルハンブラの中でも1590年の爆発による被害を最も受けた部屋のひとつです。その時に修復をやむなくされ、その後1917年にも再修復されています。

北側の壁に沿って4つの窓がありますが、そのうちの3つは中央に大理石の柱とアラバスターの柱頭を持った2連アーチ窓です。この小さな祈祷室は、城壁のラインより少し斜めに付けられているのは、メッカを指してこの部分だけ南東を向いています。ミフラブが祈祷室からメッカへの正しい方角を示しています。

コマレス宮

白大理石でできた3段の高みにそびえるこのファサードは、19世紀に大修復されました。ムハンマド5世による1369年のアルへシーラス征服を記念するために造られたものと言われています。

アラヤネスの中庭

アルハンブラでの外交および政治活動の中心となる場所で、大使たちのための歓迎レセプションが開かれたり、要人たちがスルタンに謁見されるときを待つ場所であったと言われています。今のところ、コマレス宮はすべてユースフ1世によって建てられたとされていますが、北柱廊の壁にある賛辞の装飾だけは、その息子ムハンマド5世の時代のものと考えられているそうです。

主要扉から入ってきた訪問者は、コマレスの塔の白っぽい塊が映し出された巨大な水鏡を目の当たりにします。白大理石の床の傾斜の作用で、池の水は建物の土台ぎりぎりに達しており、建物全体が水に浮かんでいるように見えます。水鏡の技法は、3世紀後にインドの有名なタージマハールでも使用されています。

南柱廊は、ユースフ1世時代には外部に開かれた広場でした。その息子ムハンマド5世が柱廊を建築したことによって南側が閉じられ、時代の変貌の中で、ギリシャ風の列柱群とローマ風の中庭が融合されました。南北柱廊の両側の壁は、それぞれ小さな部屋へ続く5つの入り口があります。両側それぞれに上下階があり、上階は二連アーチからの明かりで照らされるしくみになっていますが、使用目的は分かっていないそうです。

大使の間

ナスル王朝の権力の象徴であり、そこにはヨーロッパ最後のイスラム王朝の偉大さが見て取れます。入口にアーチに残っている金箔や天井まで施された手の込んだモザイクなど洗練された装飾は目を見張るものがあります

広間の天井は、杉の木材8017ピースを組み合わせて作られており、対称形を作る複数のいたを組み合わせていき、ドーム天井中央の鍾乳石飾りのくぼみで閉じられています。

もう、四方の壁を見て、天井を見上げたりで忙しかったですね。ここは人が立ち止まるので写真を撮るのが大変でした。

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